最終更新日:2018年4月12日
写真:林田公範
岸岳城、肥前名護屋、唐津城も車で30分圏内。 [林田公範 (2000.01.18)]
住所:佐賀県唐津市厳木町
県別一覧:[佐賀県の城]
[鉄道] JR唐津線、厳木駅下車、徒歩50分で登山口。 [自動車] 長崎自動車道多久ICで降り、国道203号を唐津方面へ進み厳木町へ。無料駐車場有り。 [林田公範 (2000.01.18)]
岡 泰行 | 城郭カメラマン [プロフィール]
1996年より日本各地の城郭を訪ね歩き、取材と撮影を続けている。「先人たちの知恵とおしゃれ心」をテーマに、四半世紀にわたり城のたたずまいと土地の風土を記録してきた。撮影を通して城郭に宿る美意識を見つめ、遺構や城下町の風景に残る歴史の息づかいを伝えている。作品は書籍、テレビ、新聞など多くのメディアで紹介され、城の美しさと文化を広く発信している。
獅子ヶ城を訪ねた人たちが残してきた記録です。現地での発見や知見が寄せられ、城歩きの文化の中で育まれてきた経験がここに蓄積されています(全5件)。
獅子城は、松浦党の祖源久の孫である披が治承から文治年間(1177〜1189)頃に築城したと伝えられている。その後、披の子の時代になって平戸に移転したために、獅子城は廃城となっていたが、上松浦地方を波多氏が支配するようになり、室町時代末になると、佐賀地方に勢力を持つ竜造寺氏の脅威が増すにつれ、上松浦の防備の最前線として獅子城の重要性が再び 認識されるようになった。そこで、波多氏をはじめ松浦党一統は、勇将の誉れ高い大川野日在城々主鶴田兵部大輔直の弟鶴田兵庫介前(後に越前守)を任じ、永年廃城となっていた披時代の旧城を修理して護りに就かせた。
記録:林田公範 2000
北部九州を中心に、いくつもの城跡を見てきたが、これほどまでに興奮させられる城跡はそうない。無名の城でも、実際に足を運ぶと唸らせられるものも時としてある。超オススメ!!
石垣がめぐらせてある本丸や曲輪、二つの虎口、櫓台、片方に大岩を利用した堀切もすばらしい。出丸には、二本の竪堀と大堀切も残されている。
見所としては、井戸曲輪に見られる一枚岩の上に残っている建築遺構の溝や柱穴、さらに岩盤を刳り貫いた深い井戸もそのままある。
目もくらむほど高い断崖絶壁の上にある中世山城で、きわめて良い状態のまま残されているが、それだけに危険も多い城跡だといえる。一歩足を踏み外すと間違いなく命はないような危険個所が随所にあるので心して攻めるべし!
獅子ヶ城でのひとときを、そっと記録に残す
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大和郡山城は天正8年(1580)、筒井順慶が本拠を筒井城から郡山へ移したことに始まり、豊臣秀長や増田長盛の改修で城郭が整えられた。奈良盆地北西端、西ノ京丘陵南端に築かれた平山城で、三重の堀と石垣が城の骨格を形づくる。復元追手門や天守台、桜の景観も見どころ。このページでは、その歴史や構造、主な遺構や見どころを紹介する。
竹田城は嘉吉年間(1441〜1443)、山名持豊の被官・太田垣氏により築かれたと伝わる山城。播但街道と山陰街道を押さえる古城山に築かれ、三つの尾根に連なる曲輪と野面積み石垣が壮観だ。雲海に浮かぶ景観でも知られる。このページでは歴史、縄張と石垣、雲海撮影の見どころを豊富な写真とともに紹介する。
安土城は天正4年(1576)に織田信長が築いた居城で、天下統一を目指す拠点となった。観音寺城の尾根続きに築かれ、全山に石垣を巡らせた大規模な山城である。現在は天主台や石垣、大手道などの遺構が残り、往時の構造を体感できる。このページでは安土城の歴史と特徴、発掘調査の成果を豊富な写真とともに紹介する。
獅子城は、松浦党の祖源久の孫である披が治承から文治年間(1177〜1189)頃に築城したと伝えられている。その後、披の子の時代になって平戸に移転したために、獅子城は廃城となっていたが、上松浦地方を波多氏が支配するようになり、室町時代末になると、佐賀地方に勢力を持つ竜造寺氏の脅威が増すにつれ、上松浦の防備の最前線として獅子城の重要性が再び 認識されるようになった。そこで、波多氏をはじめ松浦党一統は、勇将の誉れ高い大川野日在城々主鶴田兵部大輔直の弟鶴田兵庫介前(後に越前守)を任じ、永年廃城となっていた披時代の旧城を修理して護りに就かせた。
記録:林田公範 2000
北部九州を中心に、いくつもの城跡を見てきたが、これほどまでに興奮させられる城跡はそうない。無名の城でも、実際に足を運ぶと唸らせられるものも時としてある。超オススメ!!
記録:林田公範 2000
石垣がめぐらせてある本丸や曲輪、二つの虎口、櫓台、片方に大岩を利用した堀切もすばらしい。出丸には、二本の竪堀と大堀切も残されている。
記録:林田公範 2000
見所としては、井戸曲輪に見られる一枚岩の上に残っている建築遺構の溝や柱穴、さらに岩盤を刳り貫いた深い井戸もそのままある。
記録:林田公範 2000
目もくらむほど高い断崖絶壁の上にある中世山城で、きわめて良い状態のまま残されているが、それだけに危険も多い城跡だといえる。一歩足を踏み外すと間違いなく命はないような危険個所が随所にあるので心して攻めるべし!
記録:林田公範 2000