写真:岡 泰行
太田城の歴史と見どころ
天正13年(1585)、秀吉は太田城を水攻めにするため、総延長6kmの堤防をわずか6日間で築き上げた。その堤防跡はほとんどが消滅しているが、和歌山市出水の2カ所で土が盛られた小山が確認できる。出水堤という。和歌山市によると、東側の堤防跡は幅約24m、長さ約66m、高さ約2.6mの規模で、2020年2月に発掘調査が行われ、中世の土器や鉄砲玉が出土したそうだ。また、「出水」という地名は堤防が一部決壊したことに由来するのではないかと云われている。2023年4月21日、出水地区に残る出水堤が和歌山県指定文化財に指定された。
太田城の関連史跡
紀伊太田城本丸跡に建つ「来迎寺」、太田城大門移築城門がある「大立寺」、出水付近にある「堤防跡」2カ所は訪れておきたい(上記Googleマップ参照)。なお、来迎寺付近ではその境内に小山塚があり、城主の太田左近ほかともに自害した53名を3カ所に分けて埋葬したそのひとつと云われている。また、付近の住宅街の中に太田城毘沙門天と呼ばれる小さな祠がある。籠城中に守護神として太田城に移されていたと伝わっている。
太田城のおすすめ旅グルメ
付近は住宅街のため、特に無い。
日本三大水攻めの城は、和歌山県の太田城、岡山県の備中高松城、埼玉県の忍城の3城となる。
( shirofan)さんより
JR和歌山駅の東口に、太田城最後の城主、太田左近の石像があります。
( 光秀)さんより