大天守2階
ついつい1階とよく似た風景に、さっとまわって3階に上がってしまいそうだが、実は、大天守2階に見どころは多い。ちらりとご紹介。
横木は1階の天井に連なるものは画一化されたものが多かったが、ここ2階にきて、ロの渡櫓級までとはいかないが、荒削りの自然木の横木がちらほら目に入る。地階と比べると明るいがそれでも天守内は写真泣かせで暗い。この写真はフラッシュで内陣をほのかに照らして撮影した。
写真は内陣(大広間)の様子。1階と異なり内陣の壁の上部には「用具掛け」がない。
こちらは内陣の北西にある部屋の内部。壁面には武具掛けがあり、その上段に棚が設けられていることから武器庫として機能する。
写真は武者走りの様子。武者走りの壁上部には、竹で作られた「用具掛け」が並んでいる。
写真は武者走りの様子。
階段の蓋は「開き戸タイプ」
階段を上がると2階の武者走りに出る。階段上には、蓋がついていて、締め切ることができる。姫路城で階段上の蓋は「開き戸タイプ」と「引き戸タイプ」の二種で、2階のこの階段は開き戸タイプ。1階と3階は引き戸タイプだ。蓋には下の階側から、鍵がかけられる仕組みだったらしい。戦闘時は上の階から閉める方が納得なのだが、上の階から異常がないか確認しながら降りて閉めていくものなのだとか。
用具掛けは「竹製」と「L字型の金属製」の二種類
また、壁の上部には、火縄を入れた袋などを下げている「用具掛け」が見られるが、1階やこの2階のほかの面で見られる竹で作られたものではなく、L字型の金属製(折釘)の用具掛けとなっている。折釘は薬袋掛け、竹釘は火縄掛けといわれている。
- 竹釘
- 折釘
武具掛けから火縄銃を撤去
武具掛けは、姫路城を訪れた人なら、印象深い風景(下写真)。火縄銃や槍が実際に武具掛けにかけられたかたちで展示されていたが、平成の修復以降は、この展示物も西の丸やロの渡櫓2階などへ移動し、ここではARによる解説となった。ちょうど写真上に「武具掛け」と書かれた案内板があるが、これが新設されたARに連動するビーコンが埋め込まれた案内板だ。ここで武士が鉄砲を武具掛けからとる様子などがARで見られる仕掛けとなっている。
んがしかし、日本の城をめぐっていると、今は無き遺構を想像しながらめぐるシーンが多く、ここ姫路城ではそれがリアルに存在しているケースが多々ある。個人的にはARによる解説でなくって、ここでは従来通り武具があった方が実に姫路城らしく、火縄銃がかけてある方がずっといい。
せっかくなので、槍と火縄銃がかけられている様子が分かる武具撤去前の写真を残しておきたい。
余談ではあるが、こういった武具には、城が保有している城付武具と、藩主が保管している武具とに分かれる。前者は藩主が交代しても次の藩主が引き継ぐといった具合で、江戸時代になるとそういった管理方法をとったらしい。
大天守2階の開き窓
千鳥破風内部にある(3階には大千鳥破風へ出られる開き窓、4階北西の千鳥破風内にも開き窓がある)。屋根や外壁の修理のために設けられた窓だが、ここ2階の開き窓は、ここから出ると屋根づたいに西小天守に渡ることができるらしく、脱出路の役割もあったのかもしれない。
また、ロの渡櫓2階の内庭側には、木格子を外して、出られる窓がある(特別公開時に見られる、発見が難しいが)。このほか、東西の大千鳥破風からも屋根に出られる扉があるらしい。現存天守では、宇和島城にも格子を外して屋根に出られる窓がある。
開き窓の千鳥破風の内部全景。上部には竹で作られた「用具掛け」が見られる。また長押(なげし)などに、釘隠(くぎかくし)が地階から5階まで随所にあるが「木製」のもので(色が黒い)、同様の木製釘隠しは天守内に600個以上あるらしい。最上階のみ、ちょっと豪華に「銅製」のものが使われている。
(文・写真:岡 泰行)