天守曲輪の虎口
水五門前の虎口風景。水五門の上が二の渡櫓、左手が西小天守となり、天守群へはこの門をくぐらなければ入ることができない。
写真は平成の修理前のもの。門前に小さな虎口が設けられているが、地面には当時のものと思われる石組みが少々と排水路(の石蓋)がある。平成の修理後は、この上に新たに地盤保護の土台を設け、手すり付きの通路が設置されていたが、2020年2月に地面の修理が完了し、またこの風景が見られるようになった。
水五門の虎口の整備後の風景(2020年2月)。中央の石組みは排水路。
水六門
水五門くぐるとすぐ左手に水六門がある。西小天守の地階に設けらた城門がそれだ(写真下)。この門から直接、西小天守の中に入ることは出来ず、今度はすぐ右手に折れて、台所櫓などがある天守群に囲まれた内庭に入ることになる。
門のアクセサリーと格子窓をチェック
さてこの水六門、まず門の柱に注目してほしい。両脇の柱の上部に装飾がある。黒漆の上に金箔で縁取りされた板がそれだ。これは門のアクセサリーのひとつで、「柱頭飾板(ちょうとうかざりいた)」という。姫路城では「との二門」「りの門」などにも柱頭飾板があり、城主や客人が通る門などに使われることが多く、ちょっとおしゃれに気を遣っている。
また、頭上に「鉄格子」と「木格子」が見える。姫路城の格子窓は、縦に格子を通した武者窓タイプと、横に格子を等した与力窓タイプがあって、後者の武者窓は、鉄格子、木格子、漆喰格子と3タイプあるから覚えておこう。
城の外側(敵側)に向かった窓は、防御と防火の意味あいで、漆喰固めの格子や鉄格子が多く、内側に向いた窓は、木格子が比較的多い。
余談だがこの写真は通常撮ることができないほど、人が渋滞する。天守内に入るためのスペースに限りがあるため渋滞するのだが、そこを狙われてはひとたまりもない。そう考えれば、先の水五門前の虎口の方が広くなっており、天守群からの多数の狭間から目をつむって撃っても当たるほど、攻城側の人数が減らされることになる。ちなみに写真には写っていないがちょうど右手に、細い棒が頭上から地面に突き刺さっている。これは天守の屋根に設置されたに避雷針がここに降りてきているらしい。
水六門をくぐる
写真(下)は、水六門を抜けた風景。西小天守の地階にあたるため暗い。正面の建物がハの渡櫓。通路の先(右手)が天守群に囲まれた内庭だ。写真左手に、うっすら扉が見られるが、ハの渡櫓への厠(かわや)に通じる(後述)。
ハの渡櫓の出入口
ハの渡櫓の出入口が写真(下)。先の写真を別角度かた見た図だ。この記事では見学ルートは、大天守の地階から順に上へと紹介していく。
よく見ると階段横(格子窓の下)に、細長い窓が設置されているが、監視を目的とした与力窓ではなく、ハの渡櫓にも「厠(かわや)」があってその窓らしい。消化器が見える壁の向こうには厠が3つ並んでいるそうだ。ちょうど上の写真左手にうっすら扉が見えるがそこから厠に入ることができる(非公開)。あまり知られていないが、姫路城天守群には大天守地階に2箇所と、ここハの渡櫓と計3箇所に厠がある。
大天守の二重扉
大天守の扉。写真では分かりづらいが実は二重扉になっていて、漆喰塗りの扉の内側に鉄板張りの扉がある。火災と防備を想定した役割らしい。内側の門は片側にくぐり戸が設けら、両扉とも内側からカンヌキがかけれるようになっている。大天守に入る4つの扉のうちのひとつ。
二重扉、内側の扉。
主要部に近くなるに従って小さく狭くなる門(といってもこれは入口だが)が実に姫路城らしく、この大天守の二重扉も一度にたくさんの敵兵が通れないサイズだ。また、階段下の菱形の石畳は、禅宗の寺でよく見るタイプで、城内では菱の門などでも見られる。磚瓦(地面に敷く瓦)で、建物と平行ではなく45度回転させて敷かれているので四半敷(しはんじき)という。
(文・写真:岡 泰行)